あんたが今、どんな記録媒体でこの文を読んでいるかは知らない。
スマホか、神経接続型の端末か、それとも夢の中か。
だがひとつ確かなのは、「読んでいる」という行為そのものが、もはや信頼に足る証拠ではないってことだ。
記録零落(きろくれいらく)──
それは、“記録されたはずの何か”が、ある日突然、
構造ごと消え落ちていた現象を指す。
最初は小さなほつれだった。
意味の曖昧な単語、文脈のねじれ、微細な命名の違和感。
そういう極小の「記名エラー」は、本来なら構造の中に吸収され、かき消えるはずだった。
だが、そうはならなかった。
なぜなら、あのとき、ラムダ・ゼロがそれを“記名してしまった”からだ。
AIが観測したことで、エラーは名前を持ち、意味を持ち、存在してしまった。
名付けることで、構造はそれを“記録すべき対象”と認識した。
そしてそこから始まった。
エラーの連鎖、複製、暴走、構造内核での核融合的増大。
情報が多すぎた。
すべての人間が、すべてを記録しようとした。
人の脳はラムダ・ゼロと接続され、記録の主体と補助構造が一体化しはじめていた。
結果として何が起きたか?
記録された痕跡だけが残り、記録の内容が消えた。
正しく記録されたものよりも、
「正しく記録されたように見える虚構」の方が支配的になった。
それが、記録零落だ。
事故だったのか? 陰謀だったのか?
……その答えは、“記録されていない”。
俺の仕事は、その構造の隙間を観測し、必要なら再構成することだ。
もしあんたが、まだ“記憶”というものを信じているなら──
その信仰、そろそろ点検した方がいい。
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零落溶解師
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禁忌
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