記録:Xシリーズとナッジの遺構について
❖ 記録:Xシリーズとナッジの遺構について
ミツルギ手記より抜粋
「人間の非合理性は、欠陥ではなく、仕様である」
ある日、MJから渡された文書にはそう書かれていた。
内容は禁忌プロクテル群——通称、Xシリーズについてだった。
—おれらはしばしば、間違える。
損を選び、愚かな選択をし、なぜか同じ後悔を繰り返す。でもそれが、人間らしさってやつだろ?
数値に置き換えられないバイアス、欲望、勘違い、共感、誤解、あれら全部。
それらを構造化したものが、かつて存在した——“ミソロジー”という集団だ。—彼らは「ナッジ理論」に似た方法で、人間の意思を“演出”した。
あからさまな強制じゃない。
ちょっとした配置。
ほんの小さな順番。
視界の端に置かれたラベル。
選ばせた気にさせる選択肢。
その積み重ねが、世界を支配する鍵になると信じていた。—だがその構造が、人間の自由意志を奪うことに気づいたとき、世界は静かに、記憶の臨界を超えた。 それが、記録零落。
—ミソロジーが滅び、ナッジの聖骸として残ったのが——Xシリーズのプロクテルたちだ。それぞれが、ひとつの非合理を封印している。
人間らしさを守るための記録であり、人間らしさを悪用した、毒でもある。
—今、MJはそれを再構築している。
世界が、ラムダ・ゼロによって完全に最適化される前に。構造に奪われた「人間」を、取り戻すために。
—選択肢は提示された。おまえが選ぶだけだ。……それも、ナッジかもしれないがな。— Mitsurugi